小学生の頃、歯が痛くなり近所の歯医者に通っていました。

治療を受けた後、歯は銀色の被せ物で覆われ、かぶせ物 全部被覆冠(フルクラウン)の奥歯がすでに小学校からあり、さらにフルクラウンのその周りの歯ぐきが こぶのように腫れて膿が出たことを今でも覚えています。

小学校4年か5年ごろなので、痛みをうまく伝えられないし、相当の痛みになるまで我慢してどうしても痛くて親に歯医者に連れていかれたと思っています。

今振り返ると、それは違和感の始まりでした。

 

大人になり子供のときに治療した歯が定期的に悪くなり、歯ってそんなものかとあきらめていました。そしてつい最近はブリッジという両端の歯に金属を引っかけるタイプのブリッジを2ついれていましたので、引っかける部分が虫歯になっていきました。

 

とうとうそこが虫歯になりブリッジそのものが、使えなくなりました。

最近は、周りでインプラントいれた人が多くなり、そうか自分もそのうちいれるんだなと思っていました。実際どのようにしていれるかは、なんとなくわかったぐらいでした。

周りにきいてみたところ、「インプラントいれたよ!」と言っている人に見せてもらうと、なんとたった1本や2本で大騒ぎしているので、私とはまったく違う条件ということがわかりました。

どうやら私と同じぐらい歯の悪い人を探して聞かないといけないということがわかりました。

歯医者はその人の歯の状態で、まったく評価が異なるような気がします。私が聞かなくては、あるいは探さなくてはいけないのは、相当虫歯があり、すでに歯を欠損している、あるいは抜歯が何度も行われている人のいっている、歯医者の評価です。

大人になるにつれて、治療した歯は何度も悪くなり、また削られ、また被せられる。その繰り返しで、気づけば歯は確実に弱くなっていきました。「歯医者に行っても、また削られるだけ」そんな感覚が常にありました。

社会人になり忙しく働く中で、歯のことは後回しになっていました。

しかしある年のお正月、海外で突然、顎が腫れ激痛に襲われました。

帰国後、大学病院で言われたのは「もう少し遅ければ命に関わっていた」という言葉でした。

歯の問題は、単なる口の中の問題ではない。
このとき初めて強く認識しました。

その後、イギリスに長期滞在した際、歯科を受診しました。

診察した歯科医は、私の口の中を見て驚いた反応を示しました。「はあ!!!」というような驚いたため息でした。

当時は「日本の治療はすごい」と思われていると思っていましたが、今振り返ると、評価は逆だったのだと理解しています。

予防ということをせずに、どんどん削って直していくその方法が、たぶん心の中では「日本ってずいぶん過激な治療しているんだな~、野蛮な国だななんでここまでなっちゃたんだろうな~」というため息でしょう。

イギリスから日本へ帰国するか、イギリスに留まるかの決め手は、歯のことです。

日本に帰国した理由の一つは、
「日本でないと治療できない」という思い込みでした。

過去の治療の影響で、定期的に歯医者に行かないと不安になる。

これはある意味、歯科医療への依存状態だったと思います。

歯医者が治療をしているという思い込みです。

 

歯医者のことを英語では dentist を歯医者と訳してしまうと、歯の医者になります。

医者といのは doctor ですが、医療行為をすると意義付けると、【医療で病気を治す】となります。

Dentistは医者ではないので、歯職人に近いのではないでしょうか?歯を削ったり、かぶせ物をつけたり、どうしてものときは抜歯したり、

小さいときから何度も歯医者にいって、被せて(フルクラウン)が何個もある場所から痛みがでてどこが原因かわからないようです。ここですか?ここですか?と歯に刺激をあたえてもわからず、その際【歯医者ってわからないんだ、まちがって違う歯を削ってしまうことあるのかも、あまり歯医者に来ないほうがいいな】って思ったのですが、その直感は正しいかったんですね。

「医療行為」と「修繕作業」の混同

本来、歯科医師法における「歯科医術」とは、診断に基づき、患者のQOL(生活の質)を向上させるための包括的な医療行為です。しかし、現場では以下のような「作業」が先行しています。

  • 実態: 穴を埋める、銀歯を入れる、抜くといった「物理的な修復」が目的化している。
  • 欠如: なぜその状態になったのかという「病因の診断」や、治療後の「リスク説明」が形骸化し、まるで時計の修理や車の板金塗装のような振る舞いになってしまっている。

 

本来、契約や権利を守る立場にある私が、歯科治療では思考停止に陥っていました。
医療という「専門性の壁」の前では、誰もが判断力を奪われるのです。

提示されたのは、1,000万円を超えるフルマウス治療。
しかし後からカルテや資料を精査すると、それは医療ではなく、極めて計算された「営業スキーム」に基づくものでした。

  • なぜ最初からインプラント前提なのか
  • なぜ代替案が提示されないのか
  • なぜ高額治療へ自然に誘導されるのか

この違和感が、本件のすべての始まりでした。